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○0426『孫策』

『孫策』
著者名:加野厚志 出版社:PHP文庫 文責 国語 坂本幸博

 三国志において、その死が惜しまれた人物の筆頭がこの孫策であろう。
 黄巾の乱や董卓の打倒などで活躍した孫堅を父に持ち、幼き頃より、武芸や兵法の習得に励むのである。しかし、17歳の若さで父が戦死してしまい、その地盤はすべて袁術に吸収されてしまう。その後、袁術麾下の武将として戦うが、19歳の時、亡父孫堅の軍の返還を求め、約1000人程度を返してもらうことに成功する。その人数は、もともとの孫堅軍からみればほんの一部ではあったが、その中には、程普、黄蓋、韓当、朱治といった古参の武将達の姿があったのである。結果、孫策軍は戦闘において大活躍するのであるが、それを危険視した袁術から、独立の約束を反故にされてしまい、袁術軍の一部という立場からなかなか離れることができなかったのである。
 しかし、孫策はそれを嘆くことなく、張昭、張紘、周泰など有能な将たちを新たに自軍に招くことに成功している。そうして力をつけ、呉・会稽侵攻戦において許貢・王朗を破り、勇将として名高い太史慈を一騎打ちで下し、麾下に加えることになる。袁術は孫策の急激な勢力拡大を恐れ、またしても独立を阻もうとするが、孫策に一蹴されてしまう。結果、孫策は念願の独立を果たすことに成功する。その噂を聞きつけ、幼き日に「断金の交わり」と呼ばれる固い友情で結ばれた周喩が名軍師魯粛を引き連れ合流する。
 ここからの快進撃はさらに目をみはるものがある。父の地盤をほとんど受け継ぐことなく、自力で瞬く間に勢力を拡大した孫策は「江東の小覇王」と呼ばれるのである。
 戦場では常に先頭に立ち、将兵を励まし続け、決して退くことをしなかったという。それは孫策の名声を高めると共に、彼の命を縮めることにもなってしまう。かつて滅ぼした許貢の残党との戦いにおいて、単騎突出したところを矢で射落とされてしまう。その矢には猛毒が塗られており、わずか26歳の若さで命を落としてしまう。しかし、その後を継いだ弟の孫権は呉を建国し、三国時代の雄として活躍していくことになる。
 美丈夫であり、同じく美男子として名高い周喩と共に街を闊歩すると、周囲から黄色い声が絶えることがなかったという。その妻である大喬も妹の小喬(周喩の妻)と共に絶世の美女とたたえられた人物である。結婚する際、彼女たちの父は孫策、周喩がいずれも短命の相であることを理由に結婚に反対するが、たとえ短い期間でも、我が娘達が本当に愛するものの妻となり、幸せを感じることができるのであればと、結婚を許可する場面は読者の心を打つ場面の一つであろう。この作品は戦場描写のみにあらずである。

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