最終章 明日の私(10)
いや、違うな。
もうひとつの思考が、柏木の姿に覆いかぶさった。もっと野蛮に、何の躊躇いもなく、美智子をなじり、父親に噛みついたかもしれない。そんな自分の姿を恥ずかしいなどとは思わず、めちゃくちゃに暴れまわる柏木の姿もまた目に浮かぶ。そんなもっともらしい光景を想像し、美夏は思わず相好を崩した。
自分など、到底目指すような強さを身につけることができるような人間ではないのだと、諦めかけていた。しかし、もう一度やり直せるのではないか。
自分にこびりついた灰をそぎ落とす指をもちさえすれば。常に高みを目指そうとする心があれば。
美夏は川原の土手の黄色い道に立ち、日の光に包まれた。右手にはなお一層強く、小鉢が握り締められていた。
一度は涸(か)れたはずの涙が、再び頬を伝う感覚が走った。
今は拭わない。
だって、これは自分を呪う涙ではない。古い自分を洗い流そうとする涙なのだから。
確か、こんな涙を以前にも流したような気がする。バスケ部を正式に辞めた、あの日の光景が目に浮かぶ。でも、いいじゃないか。そう思い直してみる。
何度でも失敗して、何度でも泣いて、何度でも立ち直っていこう。そして、強くなろう。自分にはそうすることしかできないのだから。
美夏はくるりと体の向きを変えた。そして、もと来た道をたどりはじめた。もう一度橋まで出て、そこから学校に向かおう。今は柏木が、二年生の補習授業に入っているはずの時間だ。今から行けば、補習を終えた柏木に会える。面接はどうだったのかと、美夏の声を優しく聞いてくれるはずだ。
『津軽長寿園』の葛西と同じだ。柏木も優しいのだと思う。
いつだろう。いつになったら自分もそんな優しさを手に入れることができるようになるのだろう。
美夏は顔を上げた。
彼方に岩木山が座っていた。
なんて姿の美しい山なのだろう。改めてそう思わされる。
広く、揺るぎない裾野。
その姿に、美夏は、明日の自分を想った。