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○0706『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』

『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』
著者名:増田俊也 出版社:新潮社 文責 理科 井上嘉名芽

 ずいぶんと大胆な題名の本である。「木村政彦」はある一時代の柔道の覇者である。しかし、現在のほとんどの人たちは「力道山戦」で負けたプロレスラーと記憶しているだろう。なぜなら当時は娯楽も少なく、普通に新聞紙面で大きく掲載されてきた。この闘いは当日異例のテレビとラジオの同時放送となった。何もかもが黎明期であった。それぞれの道で一番になりたかった。新聞社もそれぞれに肩入れし、木村政彦には朝日新聞、力道山には毎日新聞がついていた。
 しかし、真実を語る本はなかなか無かった。どれも、ある部分では事実だが、参考・引用が「孫引き」のため信憑性に欠けている本が多かった。本書は『ゴング格闘技』で2008年1月号から2011年7月号に書けて連載され、このたび700ページもの厚さで上梓された。丹念に読み進めると、本当に原典に当たって調べてあり、事実を事実と伝えることに気を遣って書かれている。いままで、力道山中心の本が多く出版されている中、木村政彦中心の本は皆無に等しかった。しかし、読み進める内に当時の時代背景と、それぞれがパトロンとしていたバックがいろいろ関係しており、皆が引き下がれない状態で、ギリギリの攻防をしながらの興行であったと読み取れる。木村政彦はとにかく勝負に固執して柔道の覇者として君臨していたときは、負ければ切腹の覚悟でいつも試合に臨んでいた。しかし、あの力道山戦はすでに「プロ・レス」にどっぷりつかっており木村にとっては、台本のある「プロ・レス」に肉体も精神も持って行かれた状態であった。また、力道山や当時関係していた空手家の大山倍達は二人とも朝鮮人であったことも初めて知った。
 なお、木村政彦は「ブラジリアン柔術」に大きく貢献していた。木村はグレイシー一族のヒクソン・グレイシーやホイス・グレーシーの父親のエリオ・グレイシーと対決して勝利している。1993年UFC大会(世界最強の格闘家を決める大会)で世界一になったホイスが木村のことを話していていたことは記憶に新しい。また、余談だが弘前市出身の前田光世(コンデ・コマ)が講道館柔道で頭角を現し、嘉納治五郎からブラジルに柔術を持ち込む使命を帯びて異種格闘技に人生をかけたのは、弘前市民でも知る人ぞ知る内容だ。前田はエリオ・グレイシーの兄のカルロス・グレイシーに柔術を教えていた。そのカルロスが弟のエリオに柔術を教え、「格闘一家・グレイシー一族」の誕生につながるのである。
 最後に本書は木村政彦を中心に書かれている本ではあるが、限りなく原典に基づいた本である。そのため、木村の気持ちの揺らぎや事実とは異なる発言等も検証している。よって、真実を知りたい方には最高の本であることには間違いない。


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