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○0824『軍師二人』

『軍師二人』
著者名:司馬遼太郎 出版社:講談社文庫 文責 国語 坂本幸博

 司馬遼太郎の短編集で、いわゆる「戦国もの」が八編収録されている。
 「雑賀の舟鉄砲」は「三木の日干し」として有名な羽柴秀吉の三木城攻略の際の話である。三木城は秀吉の兵糧攻めにあい、正に地獄絵図の様相を表したことで知られている。最終的には城主である別所長治の切腹により開城するのであるが、その際に雑賀衆が「雑賀の舟鉄砲」という戦術をとろうとするのである。この戦術は正に「奥の手」といえるものであり、十人中九人は確実に死ぬという恐ろしいものである。その戦術を巡って話が展開していくのであるが、この戦術、読めば読むほど背筋が薄ら寒くなるような恐ろしさである。興味のある方は、ぜひ一読してほしい。
 戦国時代の軍師といえば、竹中半兵衛、黒田官兵衛、太原雪斎、山本勘助などさまざまな人物が挙げられる。それらの人物は正に「戦国期」に活躍した人物である。しかし、江戸幕府が成立し、戦のない世の中になっていくと、そうした軍師の活躍の場は失われてくる。当該図書において表題で扱われている「軍師二人」は、戦国期も終わり、太平の世が見えてきた時、その時に行われた最後の大戦である「大阪の陣」で活躍した、真田幸村と後藤又兵衛の物語である。
 大阪の陣で豊臣方は多くの浪人(牢人)を雇いいれた。その中でも、五人衆と呼ばれたのが、真田幸村、長曽我部盛親、後藤又兵衛、明石全登、毛利勝永である。元々は、大名やかなりの大禄をはんだ武将達である。彼らが本来の力を発揮すれば、この戦の趨勢はまだまだ分からなかったといえる。ところが、その時の豊臣方は、豊臣秀頼の生母である淀殿とその側近である大野治長という「戦の経験がない」人間が仕切っており、そのことが五人衆を悩ませることになる。
 そのような状況の中、幸村と又兵衛は軍議を進めていけばいくほど、豊臣方に勝ち目がないと感じるようになる。そこで、死に場所を求める又兵衛と、真田の軍略を天下に示したい幸村の思惑が交錯する形で物語が展開していく。読み進めていくと、幸村も又兵衛も正に「男の中の男」であると感じられる。本当に「かっこいい」とはこのことである。ある目標に向かって邁進する人間は、これほどまでに美しいのである。

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