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○0855『戦後美術盛衰史』

『戦後美術盛衰史』
著者名:針生一郎 出版社:東京書籍 文責 美術 木村顕彦

 本書は近年亡くなった美術評論家針生一郎による1979年刊行の著作だ。
 タイトルにある「戦後美術」という言葉からもわかる通り、本書で論じられているのは戦後日本の美術のうつりかわりである。
 戦争画から始まり、戦後の絵画、それが段々と絵画という括りでは語れない作品までが美術のフィールドとなっていく。本書ではその過程がつぶらにかかれているわけで、冷静に考えると評論家という仕事はかなりの幅のものを評価し(価値を見いだし)、論じなければならないのだということに気付く。専門分野、というのは確かにあるだろうが、「戦後日本美術」という名の専門分野はとりわけ雑多だ。本書では松本竣介の油彩画『建物』(1948年作)と、赤瀬川原平の作品『零円紙幣』(1970年)が図版掲載されているが、両者を同じ土俵に乗せて論ずるのは困難を極める。もちろん、本書の目的は作品同士の比較ではないので、別に考える必要はないのだが。ただ、紛れもなく言えるのは、針生一郎という一人の評論家は、かなり守備範囲が広い評論家だったということだ。
 では、話題を転じて、本書を読み私の印象に残った箇所を一つ紹介する。それは1957年、「新人の個展、グループ展に無料で会場を提供してきた、タケミヤ画廊がその幕をとじた」というくだりだ。なぜ私はこの箇所が気になったか。それは、かねてから私自身、会場賃借料が無料の画廊があれば、新人の作品発表が楽になると考えていたからだ。現行の貸し画廊という制度は、会場賃貸料が高く、それでなくとも新人のアーティストは画材、額縁代、ハガキ印刷代とお金ばかりがかかる。そこで、もしそれらの出費のうち会場賃借料だけでも無料であれば、新人が作家活動をしやすくなるのでは、と。当然それは理想論だ。なぜなら画廊には運営費がかかるから。・・・とそのように考えていた矢先目にしたのが先述の1957年、タケミヤ画廊閉廊の記述だ。過去に今の私の理想を実現した画廊があったのか、ということにまず驚く。そしてそれは、結局幕を閉じたという歴史的事実をここで知る。さて、その事実の前で、私がこの問題に新たにどう向き合っていくのか。なかなかの難題だ。

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