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〇1431『高橋紹運 戦国挽歌』〇

『高橋紹運 戦国挽歌』
著者名:西津弘美 出版社:学陽書房 文責 国語 坂本幸博

 近年、歴史を好む女性達を表す「レキジョ」という新語が出現した。そうした新語が出現するということは、いわゆる「歴史ブーム」なのであろう。特に、戦国時代は人気があるようで、各地の古戦場や戦国武将たちを祀っているところに、若い女性が訪れることは珍しくないようである。ブームのきっかけの一因に、戦国時代を題材にしたゲームの存在がある。そのゲームでは、上杉、武田、伊達に真田など数々の武将達が画面狭しと動き回っている。
 当該図書の主人公である高橋紹運は、そうしたゲームに登場するほど有名な武将ではないが、知る人ぞ知るという名将の一人である。豊後の戦国大名大友氏に仕え、数々の武功を挙げる。紹運の時代、大友家の当主は天正遣欧使節を派遣したことで有名な大友宗麟である。宗麟は良い面ばかりでなく、悪い面も多い大名であったため、家臣の中には反乱を起こすものが多かった。しかしながら、紹運が主家である大友家に反旗を翻すことは一度もなく、自ら師と仰ぐ立花道雪と共に、大友家を支え続けるのである。
 紹運は、礼節を最も大切にした武将である。紹運最後の戦いである「岩屋城の戦い」は、籠城した高橋軍763名に対し、攻撃側の島津軍は当主島津義久の従弟である島津忠長、重臣の伊集院忠棟を中心とする二万の大軍勢である。紹運は実の息子である立花宗茂や他の大友家の家臣からも岩屋城を捨てて、堅牢な宝満城や立花山城に撤退した上で戦うことを勧められるが、自身が岩屋城で島津勢を釘付けにすることで、時間を稼ぐことを選ぶ。その際、忠長から投降を持ちかけられるが、「主家が衰えた時こそ、一命かけて忠節を尽くすのが真の武士である。士たるもの、忠節を守らぬは、禽獣と何ら変わることなし。礼節を持つから人間なのであり、持たないものは獣と同じである。」とはねつけている。そして自ら岩屋城で玉砕することで、秀吉の援軍が間に合うのである。それを豊臣秀吉は「乱世に咲いた華」と紹運を絶賛した。


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