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○1532『放課後の音符(キーノート)』「Body Cocktail」○

 『放課後の音符(キーノート)』「Body Cocktail」
著者名:山田詠美 出版社:新潮社 文責 地歴公民 加藤真之

 本との出会いは人との出会いに似ていると思うことがあります。初めの出会いは偶然でも、次に会うときにはどちらか、あるいは両者の意思が働いて、うまくいけば次に会う約束が準備されます。「会いたい」と思う気持ちが一方を、あるいは両者を走らせます。本についても同じことが言えます。最初に手に取ったのは偶然でも、相手(本)の魅力にぐんぐん惹きこまれ、相手をもっと知りたくなることがあります。読み切る前に手放すことがあったとしても、相手のことが忘れられず、また手に取って読み耽りたくなる。確かに、本の方から私に歩み寄って来てくれるわけではありません。しかし、本はいつでも私たちから歩み寄っていくのを待ってくれています。読み手である私たちの中で機が熟すまで、いつまでも再会を待ってくれているのです。
 それは2010年の、年が明けたばかりの頃でした。3学年のふたクラスの担任教諭が同時に欠勤することになり、学年主任であった私にふたクラス同時に授業の代行が割り当たりました。2つの教室を同時に管理することが難しかったため、両方のクラスの生徒を図書館に集め、課題を与えて調べ物をさせる時間を設けました。生徒が図書館の本を用いながら課題に取り組んでいる間、私も本を読むつもりでいました。限られた時間内に読み切れるようにと、短編集を探したところ、偶然山田詠美の『放課後の音符』が目にとまりました。10代、20代の頃は山田詠美の作品にどこかわざとらしさのようなものを感じ、積極的に読みたいとは思えませんでした。文体そのものではなく、極端な恋愛や過激な男女のやりとりを描くことで読者を獲得しているような、そんな印象が彼女の本を手に取ることから私を遠ざけていたように思います。しかし、この本の印象はちょっと違っていました。椿でしょうか、表紙から裏表紙までぐるりと花の絵に囲まれた装丁が美しく、思わず手に取ってみたくなりました。実際に手にしてぱらぱらとページを繰ってみると、一つひとつの物語が簡潔に結ばれていて、とても読みやすそうに見えました。本を読む速度が遅い私でもこれなら時間内に一編は読み終えることが出来るだろうと思い、最初の物語、「Body Cocktail」を読み始めました。
まず、一行目にしてやられました。素直に上手いなと思わされました。物語にすっと惹きこまれ、その続きを知りたくなりました。そんな最初の一文にすっかり感心させられつつ、物語の世界に入り込んでいきました。登場人物は二人の女子高校生です。教師である私の立場からは到底認められないような問題を一方の女子生徒が抱えています。この観点からすれば、生徒たちに読むことを勧められるような作品ではないということになってしまうかもしれませんが、感情の起伏が激しい若い世代の心情を実に巧みに描いている点に着目してもらいたいのです。その問題を打ち明けられたもう一方が問題を抱えた友人を慰めるべきなのに、むしろその友人になだめられる側に回ってしまったことから自分の幼さを思い知らされる場面など、若い世代の苛立ちやもどかしさが痛いくらいに伝わってくるのです。この物語は本来的に、10代の女性を読者層とした雑誌に連載されたものの一部です。短い文章ながら、対象とされた世代の心に働きかける上でとても強い力をもった作品であると思いました。
 「Body Cocktail」を2回読み返したころ、終業の鐘が鳴りました。他の短編が気になりましたが、本を借りることはしませんでした。きちんと読みこみたいと思える作品は手元に置いておきたい性質なので、帰りに古本屋に寄り、購入したいと思いました。初版が1989年なので、単行本としては古本屋でしか扱っていないと思いました。人との出会いのように、この本に再び会うために私の方から足を運んだということになるでしょう。ところが、いざ目的の古本屋に寄ってみると、信じられない光景に出くわしたのです。店に入り単行本のコーナーに回ると、本棚にではなく、背表紙を上に向けて並べられた本の列の上に、今にも床に落ちそうな危うさで一冊だけ無造作に放り出された本があることが遠目に見えました。店員さんが商品管理をきちんとしている印象がある店舗だったため、そんなふうに本が無造作に放り出されたように置かれている光景自体が珍しいものでした。何の気なしに歩み寄った私は、それを見て呆然と立ち尽くしました。おそらく何万冊もの本がひしめきあっている中で、その日珍しくも有り得ない様子でそこに置かれていた本こそ、私が購入しようと思っていた『放課後の音符』そのものだったのです。信じられますか。自分だけが歩み寄ったのではなく、本の方からも私との再会を求めて待っていてくれた。そうとしか思えないようなその本との再会でした。
 私は偶然の面白さよりも、誰かが私の心を読んで驚かせようとしているのではないかという、恐ろしさの方を強く感じました。私の心の中を覗き込むことが出来る誰かが、物陰からこっそりと驚く私の姿を観察しているのではないかと思い、ついあたりを見回してしまいました。今どきはどこにでも監視カメラがあるのでしょうから、本を目の前にして腰が引けたまま動けないでいる私の姿を誰かに見られていたら、その目にはさぞかし私の姿が間の抜けたものに映ったことでしょう。実際にはごく短い時間だったのでしょうが、しばらくの間本を見つめたまま、私はその場から動けずにいました。良いことか悪いことかは分かりませんが、うっかり手を出して本に触れようものなら、何かとてつもなく大きな出来事が起こるような気がして、尻込みしていました。でも、長らく迷った末にこう考えることにしたのです。日常生活の中で、これほど理解に苦しむ事実にはそうそう出くわすものではありません。もしかしたらこの本を手にすることをきっかけとして、私の退屈な日常に楔を打つような出来事が起こるのかもしれない。そう考えることで、私の中でようやく不安よりも期待の方が大きく膨らみ始めたのです。私は意を決して本に手を伸ばしました。もちろん、いきなり本が爆発することもなければ、ページの隙間からべろりと大きな舌が出てきて私の手首を舐め上げるようなこともありませんでした。というわけで、『放課後の音符』は私の自宅の本棚でひっそりとたたずんでいます。もしかしたら今度こそ、私を驚かせるためにその大きな舌で私の手首をべろりと舐め上げる機会を虎視眈々とうかがっているのかもしれません。
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