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○1651『ノックの音が』○

『ノックの音が』
著者名:星新一 出版社:新潮社 文責:地歴公民 加藤真之

 同じ目的を果たすために、取ることができる方法にはいくつかあります。
例えば相手に文書を送るためには、メールや手紙という方法が考えられます。私は仕事上、毎日のように誰かとメールのやりとりをしています。パソコンでメールを打つ際にはキーボードを使います。そのため文字のばらつきや癖字などのコンプレックスから解放され、誰にでも読みやすい文字で文章を形成することができます。また、文章を作成している間に、簡単に何度でも書き直すことができます。文章の内容そのものも、簡易なものでも相手に対して失礼ではない傾向があるように思います。そして何と言っても、即時性が最大のメリットです。書いたばかりの文書をあっと言う間に相手に伝えることができる特性は、常に速さが求められる現代社会に適したツールであると言うことができるでしょう。一方、手紙はどうでしょうか。ここでいう手紙がすべて手書きの文書であるとの前提に立つものとします。同じ文面を書く場合、手書きはキーボードを使った文字入力に比べ圧倒的に時間がかかります。その上ポストに投函する手間や、相手の元に届けられるまでにいくつかの過程と人の手を経なければならないことを考えると、即時性という点に関しては完全にメールに負けてしまいます。しかし、伝達手段に求められる要素は即時性ばかりではありません。たとえ文面が同じであったとしても、そこに書き手の個性や受け取る相手に対する想いがより強く込められるのが手紙の特性なのです。大切な相手への手紙は丁寧に書くことを心掛けるものですし、その反対にいかにもぞんざいに書かれた文字を見せられれば、書き手が自分のことを大切に思ってくれていないと、受け手は感じるものです。メールが普及した現代だからこそ、わざわざ手書きの手紙を書いてくれた相手への感謝も湧いてくるというものです。さらに、即時性においてメールにはかなわないと言っても、3日もあれば日本全国ほとんどの目的地に手紙は届けられます。多くの場合、それで十分に間に合うのではないでしょうか。新しい物が必ずしも古い物を駆逐するわけではなく、古い物に新たな価値を加える働きをもっていることを示す好例であると言えます。
 ノックについても同じことが言えます。室内にいるであろう相手に対し、訪問を告げるのがノックです。家族やルームメイトのように、相手が誰であるのかをほぼ確定することができる場合を除いて考えてみて下さい。あるいは学校や職場といった、限られた範囲での場合も除外させて下さい。最近、ドアをノックして誰かの家や部屋を訪れたこと、または訪問を受けたことはありますか。インターホンが普及した今、訪問する側とされる側との間にノックが介在する余地は少なくなってきているように思います。インターホンが押されるとカメラが作動し、室内に居ながらにして訪問者を確認することができるからです。来訪を告げる手段としてノックとインターホンを比較した場合、より一層ドキリとさせられるのはノックの方なのではないでしょうか。ドキリとさせられるということは、表現を変えれば感情が揺さぶられるということです。この感覚はあくまでも個人的なものなので、必ずしも皆さんの同意を得られるものではないかもしれません。また、メールと手紙のように、その差異が明確ではないとも思います。しかし経験的に、ノックの方が唐突で、しかも強く受け手の内面に食い込んでくるもののように思えるのです。
 私はつい前日まで修学旅行の引率のためハワイにいました。その、ハワイのホテルでの出来事です。午前2時ごろ、眠っている私の部屋のドアを誰かがノックしました。おそらく、一度目のノックから気が付くことができていたわけではありません。ふと気がついて眠りから覚めると、ドアがノックされていたのです。ノックの主が生徒であれば大変です。深夜のことですから、眠たさが半分、面倒臭さが半分あったためものの、私はベッドから起き上がり、ドアの前まで歩きました。そして、ドアの覗き穴から部屋の外の様子を伺いました。すると、そこには真っ赤なワンピースを着た黒髪の女性が立っていました。黒いサングラスをかけている上、うつむいた顔は垂れた髪に隠され、表情をうかがい知ることは出来ませんでした。それでも、生徒でないことは明らかです。その女性が右手でドアをノックし続けています。そしてその音は、次第に強さを増していくのです。私はちょっと怖くなりました。旅先の異国で心当たりのない女性に関わり、何か取り返しの効かない結果に陥っては大変です。私はドアを開けないことを決めました。そしてベッドに戻り、掛布団の中にもぐりこみました。それでもノックの音は鳴りやみません。やはり強さは増すばかりです。仮にドアにインターホンが備わっていれば、しだいに音や強さが増すことなどありえません。ノックだからこそ私の恐怖心をあおるという点において、インターホンをはるかにしのぐ力を発揮したのです。いよいよそれがドアを殴りつけるような強さに達したのち、ようやくノックはやみました。ドアの前は急な静けさに包まれています。私はベッドを這い出し、恐る恐る覗き穴に視線を通しました。「あっ」。思わずそう声を出してしまいました。女性はまだそこにいたのです。しかもぐっとドアに近づいて。覗き穴から注がれる私の視線に気がついたのか、女性が何か叫びました。それはよく聞き取れない、外国語のようでもあり単なる奇声のようでもありました。その声だけを残すと、ようやく女性はドアの前を離れました。絨毯の上を歩き去るかすかな足音が聞こえ、遠ざかって行きました。しかし、私のなかに生まれた恐怖心はいつまでも遠ざかることなく、そこに留まり続けたのです。
 ハワイに向けて日本を飛び立つ前、私は成田空港で星新一の『ノックの音が』を購入しました。旅の間、眠る前にでも少しずつ読み進めようと考えてのことです。いわゆるショートショートと呼ばれる15の作品群は、物語が小気味よく進展するためたいへん読みやすくなっています。15作品すべて、書き出しもしくは物語の早い段階で「ノックの音がした」と書かれ、訪問者の登場によって物語が進展していく様子が描かれます。短い文章の中で、登場人物の立場の目まぐるしい転換が描かれ、楽しめます。いわゆる「どんでん返し」が至る所にちりばめられ、読み手を飽きさせないばかりか、なるほどと感心させてもくれます。15作品目が多少怪談めいている以外は、巻末の「あとがき」で作者本人が使っている表現を借りれば、「ミステリー風」の作品が連なっています。ハワイで、上記のホテルに連泊した四夜のうち、毎夜3作か4作ずつ『ノックの音が』を読んでいたものですから、私の部屋にも誰かの手によって、ノックの音
にまつわる物語が届けられたのかもしれません。もしそうであるのなら、誰がそんな粋な(?)計らいをしたのか、知りたいものです。恐縮ではありますが「赤いワンピースの女」を勝手に『ノックの音が』の16作品目に加えさせてもらう妄想に耽ることで、恐かったノックにまつわる体験を笑ってごまかせるようにしたいと思っています。
 
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