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東奥義塾高等学校 公式ブログ

○1696『蝉しぐれ』○

 『蝉しぐれ』
著者名:藤沢周平 出版社:文藝春秋 文責:地歴公民 加藤真之

 小説の形態を分ける基準のひとつに、作品の長さ(字数)が挙げられます。明確な基準はありませんが、長編と短編の違いがここから生まれます。長編と短編にはそれぞれに長所と短所があり、それぞれの短所をどれだけ埋めることが出来るかによって、短編なり長編なりの作品が完成度を上げることになります。長編の長所としては、作品の細部を説明することが出来るという点にあります。例えば登場人物の人格について語ろうとする場合、その生い立ちや生活環境を描くことで読者自身に人物像を構築させることが出来るのです。これにはそれ相応の字数が必要とされ、長編だからこそできる技だと言えます。一方、長編小説の短所として挙げられる最たるものは、読者を退屈させてしまうような「間のび」を生み出しがちな点にあります。字数を十分に使うことが出来る分、作者の自己満足と言えるような余計な表現を織り交ぜて説明しようとするあまり、結果的に語り過ぎる傾向を生んでしまうのです。
 『蝉しぐれ』は長編であるという見解に、異論を挟む人はまずいないでしょう。主人公の牧文四郎が15歳の頃から物語は始まり、二十歳の息子をもつ父親になるところまでが描かれます。主人公の半生が描かれた時の流れの中には、ともすれば「間のび」を生み出しかねない場面があります。例えば文四郎が巻き込まれる事件そのものについて、それぞれの登場人物の立場に立って事柄を説明しようとすればいくらでも字数を割くことが出来ます。また、読者が好むような剣劇の場面についても、一太刀交えるたびに戦う両者の様子を事細かに表現することも許されてはいるはずです。作者さえその気になれば、いくらでも説明的な記述を加えることが出来るはずです。しかし、藤沢周平はそんな無粋なことをしません。物語全体に少し淡白ではないかとさえ思えるようなリズムを与えているのです。言葉を極限まで絞ることで場面の持つ明度を上げ、読者のイメージを掻き立て、事柄や場面の背景がはっきりと見て取れるのです。長編小説が陥りがちな「間のび」など微塵も感じさせないような語り口が、この作品の清廉を見事に表現し切っているのです。
 作品の持つ清廉な印象は、主人公である牧文四郎のイメージにそのままあてはまります。幼い日の淡い恋心。それを愛情と認識してもなお、封建的な社会秩序に遮られるもどかしさ。父親の汚名とその挽回への祈り。剣の道への邁進。剣をめぐる好敵手との争い。陰謀との戦い。刺客との死闘。どの場面も主人公の清廉な思考や行動に裏打ちされているため、読み手を小気味よく物語の先へと導いてくれるのです。この清廉さが物語全体に底通しているため、実に爽やかな読後感を読み手に約束してくれているのです。しかし、読後感が清廉だからといって、読み終わった後に何も読者の心に残さないわけではありません。むしろその清廉さが読み手の心にも大きな穴を穿ち、自らのそれまでの歩みを振り返らずにはいられないような心持にさせるのです。少なくとも一読者である私は、この作品を読むたびに淡い恋に心を揺らせていた頃の自分に引き戻されるのを感じます。
 この作品が持つ、読み手を過去の自分に引き戻す力に何という名前をつけることが出来るでしょうか。何か適切な言葉を見つけることができれば、『蝉しぐれ』を読みたいと思って下さる方が増えるように思います。そこで思案した挙句、私が得た答えはありきたりなものでした。それは『哀愁』です。物語上、牧文四郎を取り巻く様々な事柄は一応の収束を見せます。文四郎の活躍を一助として、謀反を企てた勢力は一掃されますし、放たれていた刺客を辛くも撃退することが出来ます。すべてが首尾よく終息に向かう中、相思相愛だった初恋だけが行き場を失ってさまよい続けるのです。物語の要素について少し多く語り過ぎていることを感じるので、敢えてその内容には触れないようにしたいと思うのですが、捉え方によっては、最後の場面でこの恋が報われたと読むことが出来ます。それはあくまでも読み手によってはということであり、私にはそう読むことができませんでした。しかし、だからこそ『蝉しぐれ』は私の中で色あせることのない作品たり得ているのだと思えるのです。主人公が抱く後悔が物語に『哀愁』を添えているからこそ、『蝉しぐれ』は読み手の心をきゅっと掴んで離さないのです。まだ『蝉しぐれ』を読んでいない皆さんにもぜひ、藤沢周平に心をきゅっと掴まれるような経験をしてもらいたいと思っています。
学校所在地
036-8124               青森県弘前市石川長者森61-1  東奥義塾高等学校 TEL:0172-92-4111 FAX:0172-92-4116

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