『ノボさん 小説正岡子規と夏目漱石』
著者名:伊集院静 出版社:講談社 文責 美術 木村顕彦
本書は、副題からもわかるとおり、俳人・正岡子規と文豪・夏目漱石の交流を描いた青春小説である。ちなみに、タイトルの「ノボさん」とは、子規の本名・のぼるの愛称。国語の教科書でおなじみの、哀愁を帯びた横顔をした子規とは違った印象を受ける。
2013年刊行の本書は、第18回司馬遼太郎賞を受賞(贈賞式は2015年2月)。遅ればせながら、司馬賞受賞の新聞記事にて本書の存在を知った私。普段はあまり小説を読まないが、明治時代の青春小説ときき興味がわき、本書を手に取る。
まず、単行本の装丁カバー絵が良い。
入道雲を背景に、幾人もの人たちが岩山のうえを歩き、そして憩いの一時を過ごしている様子の絵である。イラストレーション的ではあるが、日本画だ。
米谷清和「夏真昼」(1987年)刈谷市美術館蔵、とある。1987年に描かれた絵だとするならば、本書の内容に則して描かれたものではないと想像する。当然、この絵には子規も漱石もいない。だが、見ていてとても気持ちのいい絵だ。「坂の上の雲」ならぬ、「岩山の向こうの雲」というところか。
東京帝大で出会った子規と漱石。その二人の友情もさることながら、ここで特記したいのは、子規の才能を誰よりも先に見抜いた陸羯南(くが・かつなん)の存在である。日本のジャーナリストの魁である陸羯南は、東奥義塾高校ともゆかりが深い人物。彼の登場シーンに、ぜひ注目して読んでいただきたい。
さて、本書は子規の死によって幕を閉じている。本文の終わりちかく、子規の死を経た上での漱石の心情が書かれてある。印象深い箇所なので紹介する。以下引用。
「漱石の心底には子規の死に対する哀切がみちていた。(改行)子規以外には語ってもわからぬものが二人の間にはたしかに存在していた。」
余談かもしれないが、この一節を読んで、私は以前見た美術に関するテレビ番組を思い出した。画家マティスの生涯を紹介したその番組で、彼をライバルとしていたある画家が一言呟く。「マティスしかいないんだ。」そう呟いたのは、画家ピカソだったという。
「語ってもわからぬものが二人の間にはたしかに存在」することを示してくれる一冊だ。