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○1832『退屈のすすめ』○

『退屈のすすめ』
著者名:五木寛之 出版社:中経出版 文責 美術 木村顕彦

 本書は『知の休日』(集英社新書)を改題し、加筆修正した書籍である。
 五木寛之(1932-)は、多忙な作家だ。その五木に「退屈」はあるのだろうか?
 そんな疑問を持ちながら、本書をめくる。
 退屈な時間との付き合い方が、本書の内容だ。「はじめに」と「おわりに」を含めた全10章からなる構成。
 本書では靴、声、体、車、アート、本、夢、「何とでも」といった8つの物事と「遊ぶ」ことによって退屈な時間を豊かなものにする考えが提案されている。車やアート、本などは想像がつくかも知れないが、「靴」や「声」となると?と思われる方も多いはずだ。その点についてはぜひ実際に本書を読んで内容をお確かめいただきたい。
 さて、通読してみて、私にとって印象深かったのは、「おわりに」の章に書かれた「擬似知識人としての父の生き方」という文章だ。
 五木が、自身の父親について書いた文章(エッセイ)は多い。これもその一つといえよう。
 「擬似知識人としての父の生き方」には次のような箇所がある。以下引用。
 「私の父親は九州の師範学校を出て、植民地にわたり、教師として働いた。最初は普通学校と呼ばれた朝鮮人生徒のみの学校に勤務しながら、いくつかの検定試験に合格して、敗戦のときはピョンヤンの師範学校の教員をつとめていた。丸山眞男のいうところの当時の擬似知識人の典型である。(改行)(略)敗戦後、父は人格が崩壊したようになり、引揚後も苦しんで生き、競輪場で血を吐いて倒れるような日々のあと、結核で死んだ。」
 「退屈」をテーマにした本書の中で、このような記述があると面食らう。だが、意外な内容だけあって、強く印象に残る箇所だ。
 「擬似知識人」という用語はこの記述で初めて知って、何となく丸山眞男(1914-1996)の、上から目線が鼻につく。それはさておき、この記述を読んで思うのは、時代に翻弄されながら死んでいった無名の人々の姿だ。ある意味、偶然にも息子である五木寛之が作家として大成した結果、「擬似知識人」として生きて、そして戦後死んでいった父親の存在が記録されたわけで、そうでなければ表に出てこない人間の記録である。
 退屈な時間の過ごし方のみならず、様々な事を考えるきっかけを与えてくれた一冊だ。
 
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