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○1932『色川大吉人物論集 めぐりあったひとびと』○

『色川大吉人物論集 めぐりあったひとびと』
著者名:色川大吉 出版社:日本経済評論社 文責 美術 木村顕彦

 色川大吉(1925-)。歴史家。
 本書は、彼が出会った50人ほどの友人・先輩・同僚たちについて書いた人物論集である。
 あとがきには、次のような言葉。
 「目次を見てもらえば分るが、それぞれの分野で重要な役割を果たした人でも、原太郎、内田巌、青村真明、江村栄一、磯貝静江、竹村和子、佐藤真のように忘れられかけている人もいる。」
 ここで挙げられている7人のうち、私が知るのは2人。画家の内田巌(1900-1953)とドキュメンタリ映画監督の佐藤真(1957-2007)だ。
 内田巌について言えば、私の手元には、『特別展 内田巌展-猪熊弦一郎・小磯良平とともに-』と題された展覧会チラシがある。2004年に神戸市立小磯記念美術館で開催されたものだ(私はその展覧会を、直接鑑賞したわけではない。ただチラシを持っているだけだ)。・・・確かに、猪熊弦一郎と小磯良平に比べれば、内田は「忘れられかけている」画家と言えよう。
 それは佐藤真も同様、か。残酷なことだ。どんなに偉大な足跡を遺そうとも、時間の経過とともに死後に忘れられてしまう人物というのは、確かに存在する。だが、そんな彼らに光を当てるのが歴史家の仕事。知人ならばなおさらだ。
 また、色川は「1976年からの10年ほど水俣に調査団員として行っていた」経験があるようで、水俣病闘争に関する知人も多いようだ。原田正純、砂田明、宇井純などなど、初めて聞く名前ばかりだったが、水俣病について人生を賭けて取り組んだ先人たちがいたことを、本書は伝えている。 
 一方、誰もが知る有名人についての論もある。作家の井上ひさし(1943-2010)と冒険家の植村直己(1941-1984)についての文章が、特に心に残った。以下引用。
 「井上ひさしは死の直前まで、戦争、沖縄にこだわりつづけた。(略)だが、私人としては必ずしも幸福ではなかったようだ。先妻の西館よし子との間に三人の娘がありながら、娘たちはこまつ座の座長の椅子をめぐってはげしく争い、臨終の枕元には三女と後妻(ユリ夫人)とその息子(井上ひさしの長男)しか来なかったとか、その寂しさは部外者には解らない。」
 「(略)東京プリンスホテルで植村が北極点めざして旅立つ前の歓迎会があるというので出かけた。電通主催のくせに会費2万円という破格なパーティだ。(略)スポンサーを名乗る電通の嫌らしさを感ずる。その会のやり方でも植村を猿回しの猿のように扱っていた、かれに厚い極地用の毛皮を着用させ、探検用の道具を身につけさせ、右向け左向けをさせて、観客の見せ物にする。(改行)植村は泣きたかったろう。暖房の効いたホテルでの厚着に、かれは汗まみれになって耐えている。(略)いくら資金稼ぎのためとはいえ、あまりにひどい、さいごの挨拶で植村直己は本音をもらす。(改行)『わたしはこういう所から、一刻もはやく逃げ出したい、氷の上に出たいです』と。」 無名の人、忘れられかけている人、そして有名な人。ぞれぞれの胸の内に、様々な想いを抱えていることを本書は教えてくれる。 
 
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