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○2034『メディア・モンスター 誰が「黒川紀章」を殺したのか?』○

『メディア・モンスター 誰が「黒川紀章」を殺したのか?』
著者名:曲沼美恵 出版社:草思社 文責 美術 木村顕彦

 600ページ以上の大著。読み応えのある一冊だ。
 本書は、一人の建築家について書かれたものだ。
 書かれた建築家の名前は、黒川紀章(1934-2007)。
 彼は、本書タイトルにあるように、誰かに殺されたわけではない。「メディアモンスター」に食い物にされた、という意味合いで「誰が『黒川紀章』を殺したのか?」という刺激的なサブタイトルがつけられているのだろう。(と、ここまで書いてきたが、「メディアモンスター」は、黒川紀章自身ではないかとも思えてくる。)
 さて、本書は何よりも、著者である曲沼美穂(1970-)による章構成と筆致、そして取材力が素晴らしい。
 2007年に黒川が都知事選に出馬した際の仲間(かつての仲間も含めて)たちの様子がドキュメンタリータッチで綴られる場面から本書は始まり、小説仕立てと言ってもいいくらいに会話体(カギカッコ)を多用しながらつくり上げられた評伝である。
 さて、私が黒川紀章を知ったのは、彼の最晩年、あの2007年の東京都知事選挙の時だった。
 本書巻頭に記載されている「黒川紀章 略歴」には、その選挙当時のことについて、次のように書かれている。
 「2007年3月、突然の東京都知事選挙出馬、同年7月、参議院議員選挙出馬の後、10月12日朝、73歳の生涯を閉じる。」
 そう、黒川は選挙のあったその年に亡くなったのである。
 私自身、2007年の都知事選挙の時の様子は、テレビで観てよく覚えている。
 時に彼は、お笑い芸人の爆笑問題の番組に出演し、まるで道化師のように持論を展開させていた。
 その時に感じたのは、この黒川紀章という人は一体なにを考えているのだろうということだ。
 そして、都知事選には落選。その後の、死。
 彼の死を報道で知り、自らの死期を悟った上での出馬だったのかと私は思った。
 結果的に見たら、仮に都知事選に当選していたとしても、その年に亡くなっていたわけで、それはなんとも皮肉だ。
 通読して、印象深かった二箇所を最後に引用したい。
 「ある陶芸家の展示会で一足先に会場に着いた伏原(木村註・黒川紀章建築都市設計事務所理事をしていた人物)が黒川を待っていた時、並んだ壺を見て、伏原は目を疑った。本人はまだ到着していないのに、高級な壺のひとつにもうすでに『黒川紀章先生お買い上げ』と書いてあったからだ。(改行)むろん、黒川は承知していない。それでも、どうやら黒川にとってはいつものことらしく、文句も言わずに黙っていた。(改行)黒川の周囲に、真の人間関係などどこにも見当たらなかった。(以下略)」
 「黒川は日本人の多くが拝金主義に陥っていることを憂いていた。『秀吉がゴロゴロいる』とはそういう意味だ。(木村註・黒川は最晩年、国立新美術館の建築を手掛け、その美術館での展示トークイベントの際に、豊臣秀吉と千利休の関係について触れたあと『この会場以外に、秀吉がゴロゴロいます。それが今、いちばん集まっているのが日本です。そのことに気づいて欲しい』と語った)」
 メタボリズム(新陳代謝)の概念や、「中銀カプセルタワービル」の設計で一時代を築いた、時代の寵児・黒川紀章。
 本書は、そんな彼に終生取りついていた深い深い孤独と、周囲からの誤解の一端を知ることのできる著作である。
 
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