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○2047『女絵かきの誕生』○

『女絵かきの誕生』
著者名:丸木俊 出版社:朝日新聞社 文責 美術 木村顕彦

 朝日選書の一冊。現在は日本図書出版・刊による「人間の記録」シリーズにより、同書を読むことが出来る。
 本書は、「原爆の図」で知られる画家・丸木俊(1912-2000)の自伝。北海道出身の「女絵かき」の赤松俊子が、画家・丸木位里と出会い結婚し、画家・丸木俊として歩んでいった足跡が一冊にまとめられている。
 「原爆の図」にまつわる制作秘話はもちろんのこと、北海道の石狩で過ごした幼少期の思い出や、戦中の出来事、そして、反戦についての思いなどが綴られた本書。それらの中でも私が特におっと思いながら読んだのは、「原爆の図」の展覧会場で作品展示と同時に行なわれていた平和署名活動についての記述だった。以下、「」は本書からの引用部分。
 「1950年から『原爆の図』展覧会場でやっていた平和署名」。本書によるとなんと、その署名の数、3500万筆!
 署名活動と言えば、私立高校に勤務する私などはすぐに私学助成運動の署名を思い浮かべる。微力ながらもその私学助成署名に関わっている自分の経験からすると、3500万筆という署名の数は、それこそ天文学的な数字である。
 かつて、それほど多くの人たちが、原水爆禁止に対しての想いを持って署名をしていたことに対し、本当に頭が下がる。 
 加えて、「原爆の図」展覧会は、「北海道、仙台、弘前、前橋、千葉、新潟、京都、山口、広島、福岡、小倉、長崎、佐世保、等等」「日本国中、600会場ほどを」巡回し、「見にきてくださった人びとは900万人と言われて」いるほどの大規模な展覧会だった(本書記述による。ちなみに、私が住む弘前市の名前も挙がっている)。それを思うと、戦後70年(2015年現在)のいま、「原爆の図」はもう一度日本人が見るべき絵ではないかと私は感じるのである。
 その他、丸木スマの死、についての記述にも驚いた。
 丸木スマ(1875-1956)は、俊の夫である丸木位里(1901-1995)の母であり、息子画家夫婦の影響もあってか70歳を超えてから絵を描き始めた異色の画家(?)である。素朴な味わいが魅力の彼女の絵を、私は「日曜美術館展」という展覧会において岩手県立美術館で鑑賞したことがある。
 だが、その丸木スマが、どういったかたちで亡くなったかまでは知らなかった。
 本書によるとスマは、ある青年に殺されたというのだ。
 スマを殺害したとされる犯人は、丸木位里・俊夫妻とも面識があり、「原爆の図」展を手伝っていた青年だったということもあり、俊はそのことを深く悔いている。それについての記述を、以下引用。
 「平凡なおばあちゃんであったなら、こんなことは起こらなかったのかもしれません。絵など描かせたのが悪かったのでしょうか。青年はおばあちゃんに小遣いをせびりにきて、ことわられてやった、ということになっています。(改行)もし、うらみがあったのなら、わたしを殺してください。おばあちゃんを殺したあと、自殺などなぜするのでしょう。言いぶんがあるなら生きていてもらいたかった。けれどふと、自殺したのではなく、その青年もだれかに殺されたのではないか、とも思うのです。」
 この記述だけを読むと、犯人の青年は犯行後(?)に自殺しているようなので、事件の詳細については何とも言えない(スマも青年も亡くなっているのに、「小遣いをせびりにきて」という事実があったかは断定はできないはずだからだ)
 自叙伝というのは、著者の人生だけでなく、その他の人の人生だったり、歴史的な出来事をも伝える。本書もその好例と言える。
 
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