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○2059『触ることから始めよう』○

『触ることから始めよう』
著者名:佐藤忠良 出版社:講談社 文責 美術 木村顕彦

 本書は、彫刻家・佐藤忠良(1912-2011)による教育論である。
 彼が美術の教科書づくりに携わった時の話や、粘土を汚いと感じる彫刻科の学生たちについての想いなどなど、読んでいて深く心に入ってくる内容が多い。
 私は大学時代に本書を購入し、何度か読み返している。
 本書刊行は1997年。2011年には著者である佐藤忠良も亡くなってしまった。
 生涯職人に徹した彫刻家・佐藤忠良。それゆえ、本書で展開される論には若干説教くさく感じてしまう箇所(例えば、「おしめを洗うのが以前はあたりまえで(以下略)」など、ことさらに過去と現在を比較する記述など)が気になるが、彼の考えや人となりを次世代に伝える点では重要な著作といえよう。中でも、それが端的に表れているのが、彼自身のシベリア抑留体験についての記述である。その点はぜひ、実際に本書を読んで内容を確認していただきたい。
 さてそんな風に、名著といえる本書である。が、一箇所だけ、気になった点があった。
 それは、過去の美術教育について触れた一節だ。以下、引用紹介。
 「私たちが受けた大正はじめの小学校の美術教育はひどいものでした。先生が黒板に描いたものを写すような、おそろしい教育だったのです。それよりずっと前に生まれている梅原龍三郎さんや安井曾太郎さんなどは、私よりさらにひどい教育を受けているはずです。それなのに歴史に残る素晴らしい画家が輩出したということはいったいどういうことなのか、このことを私たちは考えてみる必要があると思います。」
 私には、この文末の「このことを私たちは考えてみる必要があると思います」というのが、どうにも引っ掛かった。
 「考えてみる必要」、しかも「私たち」を主語にすることによって、著者である佐藤忠良は、自らの考えを述べることから逃げているのではないか?私にはそう思えてならないのである。
 「先生が黒板に描いたものを写すような」、いわゆる臨画教育を受けたとしても、梅原龍三郎や安井曾太郎のような素晴らしい画家が生まれたという現実…。この論から言えば、「ひどい教育」を受けても人は育つということにはならないだろうか?
 私がここで言っていることは言いがかりかもしれない。
 だが私は本書を大学時代に読み、その後、美術教育に携わりながら、この事を考え続けてきた。彼のいう「考えてみる」ということはしてきたつもりだ。それでも答えは明確には出ない。
 もっと言えば、「素晴らしい画家」を輩出することが美術教育の目的ではない、ということも含めて考えると、さらに複雑だ。
 たとえ佐藤忠良の独断と偏見でも構わないので、「私たちは考えてみる必要があると思います」ではなく、彼自身の考えを聞いてみたかったと感じたのである。
 ともあれ、批判を含めながらも何度でも読み込める著作である。教育に興味のある人に限らず、彫刻やものづくりに携わる人にも是非読んでいただきたい一冊だ。
 
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