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○2093『窓の魚』○

『窓の魚』
著者名:西加奈子 出版社:新潮社 文責:地歴公民 加藤真之

 小説が読みたいなと思うとき、そのジャンルまでがはっきりと想定される場合があります。例えば、「今は恋愛小説が読みたい気分だな」といった具合です。それが車を運転している時ならば、ハンドルを右に左にと切って書店に向かうことになります。時間的にも空間的にも制約を受けることなく向かう先の書店を選べるなら、あなたにはここに行きたいとすぐに想起することができる書店があるでしょうか。品ぞろえの疎密こそ違いがあれ、特にこだわりの強い書店が豊富にあるわけではない地方都市においては、そんなふうに書店を選ぶことができる幅までは保障されていないのが現実です。それでも本さえあればその空間に自分を立たせるのが楽しみに思えるのが、私にとっての書店なのです。どんなに小さな書店でも、置いてあるすべての本を読み切ることはおそらく不可能です。特に、活字を読み下す速度が比較的遅い私にとって、一生かかっても読み尽せないほどの本が書店にはあるでしょうから、やはり基本的にはどの書店でも私の読書欲に応えてくれるに余りある魅力をもっていることになります。要するに、本が読みたいと思うときに書店に立ち寄ることができることほど贅沢な時間の使い方はないということです。
 さて、目的の書店にたどり着きました。あなたはどんな順路で書棚を見て回るでしょうか。そこが何度か立ち寄ったことのある書店なら、あなたはそのときに読みたいと思う本を手に取るために歩くであろうルートを思い描くことができるはずです。本に囲まれた空間に身を置いた瞬間、私はわくわくする気持ちを抑えるのに苦労するほど気持ちが昂ぶります。電子書籍が普及し、通信販売で本を購入することが一般的になった今、読書をめぐる環境は実に多様化しています。私は電子書籍を読むための端末を持っています。いつでもどこでも本棚を持ち歩いているような力のある電子書籍は、とても便利なものです。その一方で、紙の本を手に取って眺めることもまた、私にとって至極幸福な作業なのです。電子書籍と紙の本。それぞれの長所を上手に取り入れていくことが望ましいと思うのですが、どんなに読書をめぐる環境が多様化したとしても、書店にこの身を置くことで得られる高揚は誰にも奪われるものではないと思っています。それだけ、私にとって書店は特別な場所なのです。書店で実際に紙の本に接する際に最も楽しみなのが、これまで知らなかった、あるいは知っていても読んだことがなかった作家や作品に出会えることです。電子書籍でも同じような効果は得られるのですが、いかんせんそれは限られた画面の中に展開する光景になります。360度どこに目を向けても本があるという状況にはならないのが現実です。今年の夏のある日、そんなふうにして出会った一冊の本が、『窓の魚』です。
 私が手に取ったのは、新潮社の文庫版です。薄い水色の背景に、苺の実を逆さにしたような花が描かれています。花に詳しい方ならば、この花の名前を言い当てることが出来るのでしょう。しかし残念ながら私には、その花の名前が分かりません。表題の「魚」の文字には小さな魚が横切り、「田」の部分の真ん中の横一線を形成しています。静かだけれど面白いカバーだと思って手に取りました。「今は恋愛小説が読みたい気分だな」と思って書店に駆け込んだ日だったので、カバー裏面の短い解説に「恋という得体の知れない感情」を描いたものだとの表現を見つけたときには、もうすでに購入することを決めていました。そこには「新たな恋愛小説の臨界点」ともあります。これはと思い、さっそくレジに持っていきました。しかし実際に物語を読み進めていくと、「恋」の段階を通り越した先にある、あるいは「恋」の段階のずっと手前にある感情が四人の男女の間に行き来する物語を読み進めることになります。「恋」の前後にある感情、四人の男女の間に取り交わされるのは、恐れや怒りや憎悪といった、それぞれの登場人物の過去から湧きあがった負の感情です。四人の登場人物がそれぞれに主役を果たす各章の交わりの中に、女性の遺体が発見されます。遺体の存在が初めて明かされた箇所から、その後は互いの感情のもつれが引き起こした事件の謎解きが綴られていくのかと予想しました。しかし、そこが推理小説とは違うところです。遺体が誰のものかは明らかにされません。さらに、誰について書かれた章かによって、あるいは誰の視点によって語られるかによって、女性の遺体は誰のものにでもなり得るように描かれているのです。読者にその結果を想像させ、可能性を考えさせることこそがこの作品の醍醐味と言えるでしょう。だからこそ、読んでいて読者を飽きさせることがありません。少なくとも私は、ぐいぐいと物語にひき込まれる自分を感じました。その分、読後感も長く深いのです。余韻に身動きが取れなくなります。ふらりと立ち寄った書店で偶然手にしたこの作品が、これほどまでに興味深く読むことが出来たのは、私にとって大きな収穫でした。
 この作品に関してもう一つ深く感じ入ったのは、作者の紡ぐ情景の描写が、登場人物の心情に深い所で密接に関連し、融合している点です。四人の登場人物が目にし、感じ取る情景が、それぞれが抱える病理と不安定な感情とを見事に表現しているのです。この点には思わず「上手いな」と唸らされました。西加奈子の作品はこれまで読んだことがありませんでしたが、この「上手いな」を再び味わうことが出来るように、これからは積極的に手に取ってみようと思わされました。今回、『窓の魚』に出会うことが出来たのは偶然によるところが大きかったわけですが、気に入った作者の作品を片端から読み漁ることもまた楽しい作業です。この後仕事が終わったら西加奈子の作品を選びに、どこかの書店に立ち寄る時間を持ちたいと思っています。
 
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