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○2121『ビューティフル・ネーム』○

『ビューティフル・ネーム』
著者名:鷺沢萠 出版社:新潮社 文責:地歴公民 加藤真之

 「好きな作家は?」と問いかけられたら、あなたは何と答えるでしょうか。常日頃から考えていないと、うまく作家の名前が出てこないかもしれません。そんなときには「急にそんなこと言われえても、(作家名が)出てこないなあ」などと煮え切らない態度をとることになるでしょう。作品をよく読んでもいないのに知っている作家の名前だけを挙げるのはさらに危険です。「あ、同じだ。で、どの作品が好き?」と掘り下げて聞かれ、その時点でごにょごにょと、やはり煮え切らない態度をとるしか方法がなくなってしまうからです。そのうえ、作品を読んでもいないのにいかにも読んだふりをしたことがばれてしまうわけですから、さらに場都の悪い思いをする羽目になります。誰かと時間を持て余したときに交わす会話でも、せっかくなら楽しく話せた方が得です。好きな作家とその作品ぐらいは準備しておいた方がいいでしょう。「一番好きなのは?」「ベストテンは?」など、問われ方は様々に考えられますが、仮に「好きな作家は?」と問いかけられたら、私は数名の名前を挙げることができます。その中には、鷺沢萠が当然のように含まれます。
 鷺沢萠は1987年に「川べりの道」で第64回文学界新人賞を受賞しました。1993年には塗り替えられたものの、その受賞は史上最年少であったことでも話題となりました。私は受賞から数年後に『帰れぬ人びと』(文藝春秋 1989年)の中に収められた「川べりの道」を初めて読みました。それ以降何度もこの作品を手に取って読んでいます。「川べりの道」については、以前、このブログでも書かせてもらいました。与えられた家庭環境の中で自分なりの役割を果たそうと努めていた少年が、やがてその役割を捨てて自分らしく生きていこうと小さな決意をする物語です。人によって読み取り方は異なるかもしれませんが、私は「川べりの道」をこのように読むことで、主人公の少年の中にひとすじの光が差した光景を目の当たりにしたように思いました。私が「川べりの道」を初めて読んだのは、もう十分に大人と呼べる年齢になってからのことですが、少年の心境に寄りそうように物語を読み進めることが出来たことを覚えています。そしてそんなふうに私の心の中にすんなりと溶け込んでくるような文章を書ける作者の筆力に感心し、何度読んでも飽きないような素晴らしい物語を書いてくれた作者の存在に感謝したものです。
 『ビューティフル・ネーム』には四つの物語が収められています。四話すべてが名前にまつわる物語です。「眼鏡越しの空」の主人公は在日三世です。小学生のころに本名である韓国語名を用いていました。そのことによって少なからずからかいの対象になった経験がありますが、自らの名前は好きであり誇りに思ってもいます。ところが中学校に進学する際、小学校の同級生たちとは違う私立学校に進むのにあわせ、親の勧めに従って新たに「前川奈緒」という通名を用いるようになります。当初は新たな名前を用いることに抵抗はありませんでしたが、様々な人々とのやりとりの中で次第に本名を使わない自分に対する違和感を抱き始めます。物語中の表現では「-うおおおお! 本名書きてえッ」といった具合です。そんなとき、主人公は生まれてから一貫して韓国語名、すなわち本名を使い続けている先輩の影響を受け始めます。その先輩との関係から、「ひととひととの関係というものは、こんなふうに間接的で、それでも何かを与えられたいと求めている者には、こんなふうな与えられ方をすることもあるのだ」というように、自らの身の振り方のヒントを得ます。主人公のもやもやとした日々の生活や思考の中に、「ぱああ」っと光が差してくるのです。
 鷺沢萠の作品には、他者の意見や考えを素直に受け入れようとする人物、あるいは同一人物であれば場面が随所に描き込まれます。私自身はそのことによって成長する登場人物の姿に接したとき、ああ、この作品を読んでよかったなあと感じることが出来るのです。それが上記の引用部分のように飾らない表現を用いて語られるものですから、すんなりと心の中にしみ込んできます。私にとって小説を読むことの意味は、物語の主人公なりその他の登場人物が、何らかの出来事や他者との関係を通して成長する姿に接することにあります。その姿を通して、読者である自分の姿を省みることが面白いのです。「そうか、なるほど」と新しい事実に気付かせてもらったり、「いや、それはないだろう」と批判してみたり。要は登場人物の姿を借りて自分自身が何かを学び取りたくて物語を読むのです。それは新書やノンフィクションを読むことで得られる知識とはちょっと違った種類のものです。新書やノンフィクションによって事象を学び、小説によって感情を学ぶと言った方が分かりやすいかもしれません。いずれにしても、鷺沢萠の作品からはいつもたくさんの感情を学ばせてもらっていることを実感します。『ビューティフル・ネーム』からは在日三世の名前にまつわる感情の機微を、ほんの少しだけ学び取ることが出来ました。今まで考えることさえも稀だった分野のことを学ばせてもらい、「ぱああ」っと光が差してくるような読後感に心が温まる思いがしました。この本にはほかに「故郷の春」「ぴょんきち/チュン子」「春の居場所」の三篇が収められています。このうち「ぴょんきち/チュン子」「春の居場所」の二篇は未完のまま収録されています。この二篇の完成をみることが出来ないのはもちろん、もう二度と鷺沢萠の新作を読むことが出来ないという事実は、私にとってとても寂しいものです。せめて作者のご冥福を祈らせてもらい、この文を閉じることとします。
 
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