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○2137『ウェルカム・ホーム』○

『ウェルカム・ホーム』
著者名:鷺沢萠 出版社:新潮社 文責:地歴公民 加藤真之

 規則やルールを重要視するあまり、それを運用する人間の側に互いに対する思いやりやいたわりをないがしろにしてしまう場合があります。人の心を大切にしないところには良い結果は生まれません。私たちはこの事実を社会生活を営む時間の長さに比例して経験的に知ることになりますが、このような事象は古今東西を問わず様々な出来事にあてはまることもまた、容易に想像することが出来るでしょう。仕事柄、つい高校の地歴科・公民科の授業で扱う内容を想起しがちなのですが、「法治主義」と「法の支配」の違いはこのことを端的に表しています。「法治主義」の考え方はドイツで発達したと考えられています。人権保障を前提として、統治者に法に基づいた政治を要請するのが「法の支配」です。これに対して「法治主義」は、法の内容よりも議会の制定した法律による行政という形式面を重視する概念です。そこにはその法律を施行することによって人々の生活にどのような影響を与えるかということは考慮されません。統治者側の都合が優先される仕組みなのです。統治者の都合が優先されるわけですから人々の心が顧みられることはありません。その結果人々の反抗にあい、結果的には立ち行かなくなります。「法治主義」が時代の流れとともに「法の支配」に取って代わられるのは、まさにこのためです。
 日常生活の中で、私たちも知らないうちに形式面ばかりを重視していることはないでしょうか。物語を読んだからといってすぐにその作品の「テーマ、あるいは主題は?」と考えてしまうのもまた形式主義に陥っていると言えるかもしれませんね。ここではあえてこの作品のテーマについて触れたいと思っていまが、「それこそ形式主義なんじゃないの?」というセリフはぐっと呑み込んでください。さて、『ウェルカム・ホーム』は「渡辺毅のウェルカム・ホーム」と「児島律子のウェルカム・ホーム」との二編で構成されています。二つの短編で扱われているのは家庭の中での形式的な役割分担です。「渡辺毅のウェルカム・ホーム」の主人公、毅は、「三十代でバツイチで勘当息子」です。実質的なホームレスの状態にあるわけです。そんな彼に手を差し伸べたのが、大学時代の友人、英弘です。英弘には小学6年生の息子、憲弘がいます。英弘の妻は憲弘が5歳のときに他界しています。「住むところと経済力は持っているが、家事能力と家事のために割ける時間は持っていない男がひとり。住むところと経済力は失ったが、とりあえず料理はできてその他の家事もこれから憶えられる時間的余裕のある男がひとり。そういうふたりが一緒に住む、というのはたいへんに合理的なことだと思わないか、タケシ」という英弘の提案により、毅は英弘・憲弘親子との同居を決意します。世間にそれほど多いとは言えない形式の家族が、実際面を重要視した結果新たに誕生することとなったのです。
 世間的な感覚から言ってイレギュラーな形式をもつ家族関係を維持する上で、最も高い障壁となるものは何でしょうか。「渡辺毅のウェルカム・ホーム」のなかでは、その障壁をプライドに置いています。ある日、毅は偶然にも憲弘が家族について書いた作文を読んでしまいます。その中で自分について書かれた部分に強い違和感を覚えるのです。「ぼくの家には、お父さんがふたりいる。お父さんとタケパパだ。(中略)タケパパは家にいて、ごはんを作ったりそうじをしたり洗たくをしたりしている」という件(くだり)についてです。同性愛のカップルが養子を迎えたのかという可能性を読み手に考えさせてしまう点もさることながら、いわゆる「主夫」としての立場にあることに毅の劣等感が刺激されたのです。実際には、毅は在宅でこなすことが出来る仕事を持っています。時間に都合がつくことから「主夫」としての立場にありますが、しっかりと仕事を持っているのだという、社会人としてのプライドを維持していたいのです。このプライドを、物語の中では「オトコの沽券」と表現しています。誰にでもプライドはあるものです。そしてプライドを失ってしまえば、為すべきことの筋が通らなくなり、物事の成果は低いレベルにとどまってしまいます。時としてプライドは必要なものです。しかし事によっては、プライドを維持することにこだわるあまり、自分自身が苦しくなってしまうこともまた事実です。毅は新しい家族の中で、まさに「オトコの沽券」という名のプライドを維持することにこだわってしまい、自らを苦しめてしまうのです。
 規則やルールを重要視する形式主義は、それを規定した側のプライドを守るために作られた考え方だと言えるかもしれませんね。一旦規則やルールを作ってしまえば、それを守らないことを理由に他者を攻撃することが出来ます。つまり、自分の存在意義を問われる前に他者を思い止まらせることも、撃退することも出来るわけです。プライドを守ろうとするうえで、これ以上に便利なシステムはありませんよね。しかし、人はそううまく一定の場所に押し込められているばかりではありません。そこに心がなければ、やがて人々は規則やルールを重要視する形式主義を崩壊させます。そしてプライドを守ろうとした統治者側は、その立場を追われることになります。このことは歴史が証明しているのです。それでは、家族という狭い社会のなかで、それぞれの役割に縛り付けられた形式主義を打破するにはどうすればいいのでしょうか。「渡辺毅のウェルカム・ホーム」のなかで、作者である鷺沢萠はひとつの答えを提示しています。「自分が向いてない分野のことは、向いてる人に任せる。その代り、自分は自分が向いてる分野で役に立つ。それでいいんじゃないっすかね」。社会通念上あたりまえ、あるいは普通だと思われていることに縛られず、互いが相手のことを思いやりながら家庭内で役割を分担すること。英弘が発したこのセリフこそが、形式主義に陥らず自分が自分らしく生きることができる家庭のひとつの在り方なのだと教えてくれているのです。「自分の中の常識に打ち勝ち、世間から注がれる視線を振り払って、幸せのために静かに苦闘する登場人物の姿」(解説・三浦しをん)に出会いたい方は、是非本書をご一読ください。
 
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