ToO Gijuku Topics(東奥義塾)
東奥義塾高等学校 公式ブログ

○2146『星を継ぐもの』○

『星を継ぐもの』
著者名:ジェイムズ・P・ホーガン 翻訳者:池央耿
出版社:東京創元社 文責:地歴公民 加藤真之

 洋画の「当たり年」と言われるほど、昨年から今年にかけて多くのシリーズものや続編が公開されました。中でも『スター・ウォーズ フォースの覚醒』(エピソードⅦ)はこの原稿を書いている2016年2月10日現在でも上映を続けている映画館が数多く存在し、高い収益を上げていると聞いています。このシリーズの熱烈なファン(あるいはそれほどでもない人も含まれるかもしれません)が、登場人物のコスチュームを身につけて映画館に足を運び、街を闊歩している姿がテレビに映し出されていました。映画だけでなく様々な方法で物事を楽しむ力に長けているのもまた、大切なことかもしれませんね。かく言う私も、上記の作品を鑑賞しました。これまでに制作されたこのシリーズの作品を全て観てきましたし、その後物語がどのように展開していくのかが楽しみだったからです。私は基本的に、SF映画はとても好きです。SFは文字通り、宇宙を舞台としたファンタジーということになります。地球に住む人類が知る、科学的な事実をはるかに飛び越えた想像の世界に思いを馳せることに胸が躍ります。舞台が宇宙であるだけで、地球上のどこか特定の場所を舞台とした冒険活劇と何ら変わることなく楽しむことが出来ます。そこに、宇宙という未知の領域に対する恐れ(あるいは畏れ)が加味されることで、舞台の設定上、物語の深度が格段に増すと考えられるのです。
 しかし、まさにこの点に違和感を抱く方々も多いのではないでしょうか。未知の領域を扱うことは想像を差し挟むことに他ならず、いくらでも矛盾点や辻褄の合わない部分が指摘されることでしょう。所詮は空想の産物だとの前提がある以上、物語の世界に感情移入することは到底できないと考えられる方も多いようです。私の周囲にもこのような理由から、基本的にSF映画を観ることはないという方が複数います。未知の領域を扱ううえで物語の前提となる条件を固定しなければならなくなるのは、SF映画の宿命と言うことが出来るでしょう。「この物語はこういう条件の上に成り立つものと仮定しています」という前提が必要となるのです。このような前提は物語の進行上至る所に必要となってきます。映画であれば映像で、あるいは主人公の台詞によって、あるいは字幕スーパーによって実現することが可能です。前出の『スター・ウォーズ フォースの覚醒』(エピソードⅦ)では、物語の冒頭に長々と字幕スーパーが流れます。SF映画というジャンルに必要不可欠な前提を説明するだけでなく、シリーズものの宿命としてこれまでのおさらいが求められ、物語の前提条件の確認が必要となるわけです。シリーズものの新作を楽しみに待つような場合でなければ、このプロセスは確かに煩わしいかもしれませんね。映画の「観方」をわざわざ説明され規定されるわけですから、「もっと自由に観られないものかなあ」ということになるのも分かります。
 これはあくまでも私の個人的な見解ですが、映画ではなく小説に目を転じてみると、SF映画では余裕をもって受け入れることが出来ていた前提条件に対し、小説ではこの余裕が削がれてしまうことに気がつきます。SF映画を観るよりもSF小説を読むことが途端に煩わしくなってしまうのは、メディアの特質によるものだと思います。映像や音声は、それ自体が積極的に目や耳といった感覚器官に刺激を与えてくれます。受け手側がいかに受動的でも、情報そのものは半ば自動的に体の中に取り込まれていくのです。一方、活字を読み込むという作業はそうはいきません。読み手の側が能動的に感覚器官を駆使し、ある程度の努力をしない限りその内容が脳の中に取り込まれることはないのです。ですから、SF小説というジャンルで私のような偏屈な読者に作品を通読させるには、作者にかなりの筆力が必要とされるのです。これは読み手である私のいわば「読書レベル」が高いということではありません。その反対に、私のように飽きやすい、物事に対する理解力に乏しい読者に作品を読ませること自体が難しいということです。
 『星を継ぐもの』は、私にとって実に久しぶりに読破したSF小説となりました。もしかしたら小学生以来のことかもしれません。上記のような理由に当てはめて、私の実力ではなかなか満足に読みこなすことが出来ないSF小説が多いなか、『星を継ぐもの』は始めから終わりまで私の興味を引き付けてくれました。地球の衛星である月から、約5万年前に死亡したとみられる、地球人と寸分違わぬ人類の遺体が発見されるところから物語は始まります。チャーリーと名付けられたこの遺体は果たして地球人なのか。しかし、現在の地球人がもつ技術をはるかにしのぐ装備を身につけ、あるいは月面で活動していた足跡をもつ彼らの文明は、明らかに5万年前に地球にあったはずの文明とは異なるものです。現状よりも進歩した文明が地球上に存在し、その後何らかの理由で滅亡したと仮定すれば、何かしらその痕跡が地球上に残されているはずです。しかし、そのような痕跡が全く見つかっていない。謎が次の謎を呼び、それをひとつずつ解き明かそうとする科学者たちの奮闘が物語を前に進めていきます。謎が謎を呼ぶのに対し、一つの答えが見つかれば次の謎の答えが見つかるというように、物語に一定の流れが構築されます。この流れが実にテンポよく読者である私を物語の世界にとどまらせてくれました。正直なところちょっと説明が長すぎると感じる場面や、回りくどい思考を要求される記述が多いのですが、それを読者に我慢させつつ次の展開を知りたいと思わせる構造が貫かれているのです。その構造が科学者たちの情熱的な語り口によって支えられているため、読んでいるこちらもわくわくしてきます。普段あまりSF小説を読まない方にとって、この物語は決して読みやすいという類のものではありません。むしろ科学的な事実の説明や科学者たちの議論は難しく、読みにくいと感じる方が多いのではないでしょうか。しかし、謎に対する答えを明らかにさせながら物語を押し進めていく作者の筆力は圧倒的です。私のようにSF小説をあまり好んで読まないといった方にも、ぜひこの作品の力強さを味わってほしいと感じました。
 
最新記事
学校所在地
036-8124               青森県弘前市石川長者森61-1  東奥義塾高等学校 TEL:0172-92-4111 FAX:0172-92-4116

東奥義塾

Author:東奥義塾

AKB48の渡辺麻友の3rdシングル特典DVDに本校制服が!!

この公式ブログが「あおもりICTコンテスト2010(学校Webサイト部門)」で「最優秀賞」!!

東奥義塾個人情報保護方針→こちら

カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

04月 | 2017年05月 | 06月
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -