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○0393『鋼の女-最後の瞽女(ごぜ)・小林ハル-』

『鋼の女-最後の瞽女(ごぜ)・小林ハル-』
著者名:下重暁子 出版社:集英社文庫 文責 国語 坂本幸博

 瞽女とは、三味線や胡弓を鳴らし、語り物などを歌って諸国を放浪して歩く「盲目の女旅芸人」である。盲人である以上、健常者のするような仕事ができないため、「生きていく術」として幼少時から厳しく芸を仕込まれ、「親方」のもとでそれぞれ「組」を構成し、独自の掟やしきたりにしたがって「門付け」をしていくのである。現在は、社会保障等が充実してきたことにより、その姿をみることはできないが、東北や北陸地方を中心にかつては約千人の瞽女が存在し、各地を「門付け」して歩いたのである。これは青森県における「ボサマ」や「イタコ」にも同じ事がいえる。
 かつての日本では、盲人は社会的に虐げられ、ひどい扱いをうけてきた。当該図書を読み進めていくと、そうした扱いの中で非常につらく苦しい思いをしてきたことがうかがわれる。瞽女の歌う「瞽女歌」は、立派な伝統芸能であるが、小林ハルさんをはじめとして、瞽女の人たちは、自らを過小評価するきらいがある。これもまた、ボサマやイタコの例に同じであり、すさまじい人生を歩んできたであろうことは容易に想像できる。
 ハルさんの「瞽女と鶏は死ぬまで歌わねばならない」ということばが何度も繰り返し出てくる。実際に、門付けして歩いていたころは、正にそのままの意味であったと思う。歌を歌わなくなるということは、収入がなくなることを意味するからである。しかし、ハルさんは老人ホームに入り、歌わなくても生活できる状態になってからも、このことばを口にするのである。そのことばに我々は何を思うべきなのであろうか。
 瞽女という職業は、歌ってお金や米をもらうのではなく、歌で人に喜びを与え、拍手をもらうことで健常者と対等の地位にあったのである。お金や米は志であり、歌う行為は無償のものなのである。よく歌い、拍手がたくさんあるのが生き甲斐であり、誇りであったのである。まさに「人はパンのみによって生きるにあらず」である。
 「いい人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行」
 ハルさんは自分に、こういい聞かせながら生きてきたのである。その人生がハルさんの歌をすばらしいものにしている。ハルさんの歌う「葛の葉子別れ」が聴く人の涙を誘うのは、その歌にハルさん自身の人生が投影されているからにほかならない。


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