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○0447『戦国の合戦』

『戦国の合戦』
著者名:小和田哲男 出版社:学研新書 文責 国語 坂本幸博

 大河ドラマでは戦国ものの人気が高い。その理由の一つとして、激しい合戦の場面が魅力的に描かれることが挙げられる。しかしながら、実際の合戦とはどういうものであったかというと、我々のイメージする激しさや派手さとは違った部分が多い。
当該図書は多くの資料を基に、合戦の真実の姿を明確に描き出すことに成功している。
よい例は「兵農分離」であろう。織田信長は戦国武将として初めて兵農分離を行い、強力な軍団を率いていたという印象がある。しかし、織田軍よりもはるかに強いといわれていた上杉軍や徳川軍はそのほとんどが農民兵であったことがわかっている。そうであれば、兵農分離をしたからといってその軍が強くなったわけではないことがわかる。兵農分離の利点は常備軍を持つことにより、いつでも戦ができるようになったということであろう。この形では「籠城=敗北」という図式ができあがってしまう。籠城側は農期に兵が撤退することに期待し、勝機を見いだしていたのである。
 また、兵站のことも非常に興味深い。軍を動かすということは、同時に兵糧や武器、弾薬を動かすということである。大河ドラマでは全く描かれることはないが、兵站がきちんと確保されなければ、どんなに強い軍でも合戦をすることができない。このことをしっかりと理解すれば、豊臣秀吉が武功派とよばれた加藤清正や福島政則以上に、石田三成や増田長盛といった奉行衆を高く評価したことは、当たり前のことであり、それを武功派が不満に思っていたということがおかしいのだということがわかるのである。
 さらに戦国武将たちが「験担ぎ」にも力を入れていたこともとても興味深い。出陣前の儀式やしきたりはもちろん、出兵する方角までにも気を遣っていたことがわかる。そこで活躍したのが「軍師」なのである。軍師といえば、大友宗麟の立花道雪、秀吉の黒田勘兵衛、三成の島勝猛(清興とも、通称「左近」)など戦場で指揮を執り、自らも敵と戦うイメージが大きい。しかし、実際の軍師は軍配を握り、吉凶を占うことをその仕事としていた。代表的な人物は、宗麟に仕えた角隅石宗や島津貴久に仕えた川田義朗などである。
 当該図書を読むことによって、現実の合戦を理解すれば、大河ドラマなどの合戦シーンもさらにおもしろく見えてくるのではないだろうか。

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