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○0483『戦国の群像』

『戦国の群像』
著者名:小和田哲男 出版社:学研新書 文責 国語 坂本幸博

 当該図書はそのタイトルが表すように、戦国時代の主人公ともいえる戦国大名やその家臣団、また武士を中心に扱ったものではなく、百姓、商人、職人、僧侶、また多くの女性たちの姿を追ったものである。まさにそこには、乱世を生き抜いた人間の信の姿が描かれているのである。
 百姓たちは多くの夫役を果たさねばならなかったが、苦しいときには領主に対して「詫言」を入れ減免を願い出ている。それが通らない場合は、「郷中明」(逃亡・逃散すること)という行動をとる。しかし、領主たちもそうした形で農民がいなくなっては生産をあげることができないので、懐柔したり、場合によっては強硬手段にでることがある。そうした際には、農民たちも武器をもって戦い、加賀の国のように「百姓の持ちたる国」が生まれるのこともあったのである(ここでの百姓は純粋に農民を指す訳ではないという指摘も数多く存在する)。
 次に女性たちについての部分である。我々は戦国時代といえば女性は「銃後の守り」であり、補完的役割に終始していたとする先入観を持ってしまっている。しかし、戦国時代の女性の中には、夫に代わって甲冑に身を固め堂々と出陣していった妻もいれば、幼い子どもに代わって、城を死守した母親もいるのである。女戦国大名と呼ばれた「今川寿桂尼」や「赤松洞松院尼」などはめざましい働きをしている。
 また、夫に対して「異見」をいう女性も少なくなかった。妻の異見を受け入れ成功したのは羽柴秀吉である。秀吉が長浜城下を造営する際に、商人や職人に対して路線変更しようとすると、妻のお禰がそれでは約束を違えることになるといって、秀吉に商人たちの権利を認めるように異見しているのである。結果、長浜城下は大いに栄えることになるのである。
 最後に、戦国時代の主人公ともいえる戦国大名とその家臣についての話を挙げておこう。毛利家に仕えた志道広良が主君である毛利隆元を前にして「君は船、臣は水にて候。船候も水なく候へば、相叶はず候。」と荀子のことばを堂々と述べているのは、大名と家臣の関係が、完全に主従といったものではなかったことを表している。また、織田信長が高く評価したことで名高い蒲生氏郷は、家臣をもてなすために自ら薪を割り、風呂を沸かしたことが述べられている。現代の我々が想像する主君と家臣の関係からは全く違うイメージである。本来の主従関係には大きな壁というものは存在しなかったのかもしれない。

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