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○0507『九鬼嘉隆』

『九鬼嘉隆』
著者名:志津三郎 出版社:PHP文庫 文責 国語 坂本幸博

 九鬼水軍を率い、数々の海戦で活躍した日本一の「提督」であり、通称「海賊大名」である。九鬼家は元来、伊勢湾周辺を荒らし回っていた海賊であるとされるが、その出自ははっきりしていない。織田信長にその才能を見いだされ、織田軍の一将として、水軍を率いて活躍していく。
 最大の見せ場は、鉄甲船を使用して毛利水軍を壊滅させた「木津川の戦い」であろう。
 第一次木津川戦では、毛利水軍600隻に対し、九鬼水軍300隻で挑むが、多くの船を焼かれ大敗を喫してしまう。この結果に激怒した信長が「燃えない船を造れ」という無理難題をふっかけるのである。しかし、嘉隆は真剣に考え、船自体に鉄板を貼り付けるという結論に達する。その建造には莫大な費用がかかってしまうが、いわゆる「無茶ぶり」した信長自身が、その構想に理解を示し、できる限りの手を尽くしてくれたことにより、6隻の鉄甲船を完成させるのである。
 そして、第二次木津川戦では、その鉄甲船がすさまじい威力を発揮し、600隻の毛利水軍はなすすべもなく壊滅してしまうのである。その功績から、九鬼家は加増によって、三万五千石の大名へと成長していくのである。
 その後、朝鮮出兵や関ヶ原の戦いを経て、九鬼家は徳川幕府の大名となっていく。しかし、そこで幕府より与えられた領地は、現在の兵庫県三田市である。皆さんご存じのとおり、三田市は内地であり、海に面していない。つまり、九鬼家は幕府によってその存在を危険視され、自らの存在価値を否定されたといえるのである。
 ところが九鬼家は、幕府に対して抵抗の意思をみせるのである。領内に大きな池を作り、毎年必ずそこで水軍の訓練を行ったのである。その池は「三田御池」と呼ばれ、現在も残っている。

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