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○0510『山中鹿之介』

『山中鹿之介』
著者名:星亮一 出版社:PHP文庫 文責 国語 坂本幸博

 講談の「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」の台詞で有名な、悲劇の名将である。
毛利家に滅ぼされた主家の尼子家再興のため、三度立ち上がるその姿は正に壮絶である。
 一回目の戦いでは、京都で僧籍にあった尼子勝久を還俗させ、擁立する。尼子家旧臣たちも集まり、一時は出雲の大部分を占拠するまでにいたる。しかし、次第に内部の統制が乱れていき、遂に鹿之介も吉川元春に捕らえられる。ところがこの時、鹿之介は腹痛を装い、厠から汚物まみれになりながら、決死の脱出を図るのである。そして、勝久と共に、京へ逃れることに成功する。
 二回目の戦いでは、織田信長の協力を取り付け、中国攻めの先鋒となる。そして、その攻撃を成功させ因幡の諸城を攻略、一時的に尼子氏を再興することに成功する。しかし、この時、毛利方の調略により、重臣の何人かが毛利家に寝返るという事態が発生する。このことで、尼子氏はその勢力を保つことができなくなり、丹波に落ち延びていくことになる。
 しかし、鹿之介は諦めない。再度、中国攻めの先鋒として、上月城を攻略し、そのまま城の守備に入る。これで一安心。毛利が攻めてきても、城に入った以上、織田軍の救援があるはずである。ところが、信長が上杉謙信や本願寺に備えるため、播磨方面から兵を退いてしまう。結果、上月城は孤立し、毛利方からの攻撃を支えきれず落城してしまう。勝久は自害するが、鹿之介は毛利家に降伏する。その後、元就のもとに送られる途中で謀殺されてしまうが、一説に鹿之介が必ずや尼子家を再興するという執念を持っていることを、吉川元春に見破られたためともいわれている。
 何度失敗しても諦めず、主家の為に尽くす。そういう姿に我々は涙するのであろう。

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