ToO Gijuku Topics(東奥義塾)
東奥義塾高等学校 公式ブログ

○0513『北条早雲』

『北条早雲』
著者名:中村晃 出版社:PHP文庫 文責 国語 坂本幸博

 東国の戦国時代を切り開いた人物として有名である。
 その出自は、諸説あるが、いずれにしても国持ちとなったのは、なんと50歳を過ぎてからである。まさに「大器晩成」の代表といえる。
 国持ちとなるため、早雲が目をつけたのは伊豆である。当時伊豆は、堀越公方足利政知の子である茶々丸が、強引に跡目を継いだ状態で、国内が非常に乱れていた。そこで早雲は一計を案じる。修善寺に湯治と称して自らが伊豆の状況を探る。結果、近々伊豆の兵の多くが山内上杉家に動員され、上野での戦いに出陣することを知る。そして、伊豆が手薄になったその時、早雲はたった500人で伊豆を乗っ取ってしまうのである。
 さらに、早雲は隣国の相模侵攻を目指す。当時、小田原城には大森藤頼が入っていた。早雲は度々藤頼に物品を贈るなどして、藤頼の警戒心を解いていく。そして、ある日、箱根で鹿狩りをするため、勢子を入れさせてほしいと願い出るのである。すっかり油断した藤頼は快く了承する。しかし、その勢子は屈強の兵であり、夜半、「火牛の計」を仕掛け、小田原城に襲いかかるのである。その状況から数万の兵が攻めてきたと勘違いした藤頼は、脱兎のごとく逃げ出したため、早雲は楽々小田原城に入城できたのである。その後、統治の基盤を固め、後北条家五代の礎となる。
 最後に、晩年の早雲のエピソードを一つ紹介したい。ある時、一人の盗人が早雲の前に引っ立てられた。馬を盗んだことをとがめられた盗人は早雲に対し、「自分は馬を盗んだだけだが、そこの男は国をまるまる盗んだではないか。その男の罪の方が重いはずだ」というのである。それを黙って聞いていた早雲は静かに一言、「その男を許してやれ」というのである。その時、早雲の心にはどういう思いが去来していたのであろうか。我々には想像することしかできない。


学校所在地
036-8124               青森県弘前市石川長者森61-1  東奥義塾高等学校 TEL:0172-92-4111 FAX:0172-92-4116

東奥義塾

Author:東奥義塾

AKB48の渡辺麻友の3rdシングル特典DVDに本校制服が!!

この公式ブログが「あおもりICTコンテスト2010(学校Webサイト部門)」で「最優秀賞」!!

東奥義塾個人情報保護方針→こちら

カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

03月 | 2017年04月 | 05月
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -