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○0516『北条氏康』

『北条氏康』
著者名:菊池道人 出版社:PHP文庫 文責 国語 坂本幸博

 以前、書評で取り上げた北条早雲の孫であり、難攻不落の小田原城を本拠地に、関八州に覇を唱えた関東最大の戦国大名である。
 内政面に非常に優れた手腕を発揮し、北条五代の中でもっとも安定した存在であった。当時の年貢率は「五公五民」といって、収穫の半分を納めるのが一般的であったが、この時、氏康は「四公六民」という領民に有利な税率を設定したため、大いに慕われたと伝えられている。また、領内の各所に「目安箱」を設置し、領民の声を広く聞くことに努めたという。目安箱といえば、一般的には徳川家八代将軍吉宗が設置したものが有名だが、そのはるか昔、戦国時代にすでに氏康が設置していたのである。さらに「伝馬制」も確立し、領内での物品の流通をスムーズに行えるようにしている。
 軍事面でも非常に優秀であり、当主であった期間、大きな戦いで負けたのは、本人が出陣しなかった「三船山の戦い」と「三増峠の戦い」のみである。そのように指揮能力も見事であったが、自身の勇猛さも相当のものである。顔面には二つの向こう傷、体には七つの刀傷があったという。しかし、背中には一つも傷がなく、戦闘中に逃げて背後から切られることがなかったのである。
 以前、書評で取り上げた弟の「北条綱成」と共に、北条家の版図を大いに広げている。そして、それを氏政、氏照、氏邦など多くの子ども達が受け継いでいったのである。
 本人は天下を望むことはなかったという。そのことを嫡男の氏政に咎められた際、「天下、天下と軽々しく申すな。天下と騒げば、天が怒り、災厄が訪れる。人にはおのおの分というものがある。我々は関八州を治められるだけで十分ではないか」といっている。もっともな意見であり、氏康らしさを表しているが、氏康のような能力の高い人物が治めた天下を見てみたかったと思うのは、私だけであろうか。


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