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○0525『呂蒙』

『呂蒙』
著者名:芝豪 出版社:PHP文庫 文責 国語 坂本幸博

 先回書評で取り上げた「三国志一の武将」である関羽を倒した知勇兼備の名将である。
 若い頃は学問を嫌い、武を磨くか、遊びほうけるかという生活であったが、君主である孫権にそれをたしなめられ、学問をするように命じられる。初めのうちは、軍事の仕事が忙しいと言い訳し、何もしないでいた。それに対して孫権は自ら学問に力を入れ「君主という忙しい身の上である自分でも学問を行っているのだから、おまえにできない訳がない」と指摘され、泣く泣く学問を始めるのである。しかし、実際に学問に身を投じてみるとそのすばらしさに熱中していくことになる。
 そして学問を修めた呂蒙はかつての暴れん坊とは思えない立派な人物に成長していくのである。このエピソードが「男子三日会わざれば、刮目して見よ」のことばを生む。
 当該図書では呂蒙の学問の師匠としてある少女が登場する。その少女の存在が呂蒙にどのような力を与えていくのか、ぜひ「刮目」して読んでほしい。
 三国志一の人気者である関羽を倒したということで、演義をはじめとする小説やドラマ、映画において、とてもひどい扱いを受けている。以前、周瑜の書評でも述べたが、歴史をねじ曲げているとしか思えない手法は、いくら何でもひどすぎるといえる。有名な話として「NHK人形劇三国志」では、荊州の領民を虐殺し、それを止めようと出てきた関羽をだまし討ちにしている。人形劇は子ども達が見るものであるのに、これでは誤った解釈を植え付けていることになる。いくら「物語」とはいえ、あってはならないことである。
 呂蒙は呉の大軍師として、内政、軍事の両面で活躍していく。しかし、四十代半ばで病のためになくなってしまう。死の直前、自身の後継者として、まだ若く、実績も少ない陸遜を指名している。当時、呂蒙と共に活躍した武将で朱然という人物がおり、皆は呂蒙が指名するのは、その朱然だと思っていたのである。
 陸遜を指名した呂蒙の目は「刮目」されていたのかどうか。次の書評を「刮目」して御覧いただきたい。

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