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○0567『いろはうた-日本語史へのいざない-』

『いろはうた-日本語史へのいざない-』
著者名:小松英雄 出版社:講談社学術文庫 文責 国語 坂本幸博

 以前紹介した『日本語の歴史-青信号はなぜアオなのか-』の筆者が、「いろはうた」を考察した名著である。
 日本人の中に「いろはうた(以下、単に「いろは」と表記する)」を知らない人はいないであろう。かつては「手習い」の基本とされ、現在でも、中学・高校の古典の学習において、長年活用されているのは、「いろは」自身のすばらしさの所以であろう。
 しかし、「いろは」がこれほど多くの人に知られているにも関わらず、「いろは」には、謎とされていることが非常に多いのである。まず、作者が不明である。空海説を初め、諸説あるが、どれも根拠に乏しくはっきりしていない。言語学的にも、現存最古の「いろは」は仏典の音義に出てくるのはなぜか、など多数の謎が存在するのである。
 当該図書では、主に言語学上の問題を検討しているので難しく感じるかもしれない。しかし、そこから学んでほしいのは筆者の研究に対する姿勢である。あらゆる角度から検討を加え、他の資料をくまなく調べあげるなど、なかなかできることではないが、物事を考えていくときには絶対に必要なことである。
 筆者の座右の銘は「膝を叩いた時に思考は止まる」であるという。つまり、人間は「わかった」と思ってしまうとそれ以上考えることをしなくなり、自説に都合のいいことばかりを考えるようになるのであり、研究者としてはそれを戒めなくてはならないということなのである。私の指導教官も同じ事をいっていたが、そのことは筆者や私の指導教官が立派な研究者であることと同時に、そのことが徹底されていない研究を行っている人が少なくないということなのであろう。
 これは研究者だけの問題ではなく、我々にもいえることである。我々は日常のありとあらゆる問題をそのように片付けてはいないだろうか。そのことで、自身が不利益を被るのであればまだよいが、他者に対して損害を与えてはいないだろうか。そういうことを考えつつ、筆者の研究態度に触れてみたいと思うのである。
 「いろは」は同じ仮名を二度と使わないで、意味のある韻文を作ったというものである。それでは「いろは」以外にそういうものはないのであろうか。実は、数多く存在するのである。古典においては、「あめつち」や「大為尓(たいに)」というものが存在する。また、明治時代には「とりなくこゑす」という名作が作られている。
 当該図書では、そうしたものも取り上げられている。それらを目にしつつ、「ひょっとしたら我々にも作ることができるかもしれない」という気持ちになって挑戦してみることができるのであれば、それはすばらしいことだと思うのである。


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