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○0576『升田幸三物語』

『升田幸三物語』
著者名:東公平 出版社:日本将棋連盟 文責 国語 坂本幸博

 十三歳の二月、故郷広島から「名人に香車を引いて勝つ」という主旨の「置き手紙」(物差しの後ろに書いたそうである。なぜなら、絶対に母が見つけるからである)を残して家出をする。その後、プロ棋士となり、昭和三十年の王将戦、当時の大山康晴名人に「香落ち」のハンディ戦で見事勝利を飾った「香筋一本名人の上」、まさに「将棋の神様」といえる升田幸三の物語である。
 その将棋は独創性にあふれ、見るものを魅了する。新手はもちろん「鬼手」ともいえる勝負手を鮮やかに繰り出し、相手を圧倒するのである。人間味にあふれ、その言動は時に攻撃的であり多くの敵を作ることになったが、その言動はナイーブな内面を隠すものであり、その心根に触れた人たちは、絶対的な「升田ファン」となって応援したのである。
 時の名人にハンディをつけて勝つというのは、長い将棋界の歴史の中でも升田以外は存在しない(現代の将棋界では「駒落ち戦」自体が廃止されているので、今後は絶対ありえない)。健康面での問題がなければ、もっと長く活躍した棋士であったと思う。
 戦後、GHQが日本を占領した際、将棋でとった駒を使用することが「捕虜の虐待思想」につながるとして、日本において将棋を全廃し、チェスを普及させようという政策をとろうとしたことがある。それに対して、日本将棋連盟は升田を派遣するのである。そこでの升田の理論がおもしろい。「とった駒を使うのは捕虜虐待ではなく、敵であっても働き場所を与えて活かすということである。チェスはキング(男)が危なくなるとクイーン(女)を犠牲にして逃げようとするじゃないか。そっちの方が問題である」と啖呵をきって、GHQに「将棋全廃・チェスの普及」を諦めさせたのである。
 晩年はまさに仙人の様相になり、好々爺然としていた。テレビのインタビューに答えて、「もし生まれ変わったら三歳くらいから将棋を覚えて、将棋の神様を相手に角落ち(大駒の角を落とすハンディ戦)でからかってやりたい」といってにこにこしていた姿が印象的である。将棋を自己流でしかも遅い時期に覚えたことを生涯悔やんでいた升田のことばであるので、非常に重く響くのである。
 現在の一流とされるプロ棋士の中には、升田将棋を再評価する動きがあるという。現代に通じる新しい感覚を、升田将棋は持っていたということであろう。亡くなった棋士も含めて、その人たちを「全盛期」で集めて将棋のトーナメントをすれば、誰が優勝するか。私は、升田以外はありえないと考えるのである。

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