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○0582『小西行長』

『小西行長』
著者名:江宮隆之 出版社:PHP文庫 文責 国語 坂本幸博

 薬商人から戦国大名になったという類を見ない男の物語である。キリシタン大名としても有名であり、関ヶ原敗戦後、石田三成、安国寺恵瓊と共に、切腹させられる時に、キリシタンである以上、自害はできないとしてこれを拒否して斬首を希望する。さらに斬首の場合は、頭に念仏を書くということが行われるのであるが、これもまた拒否したとの逸話が残っている。斬首の際、ポルトガル王妃から贈られたというキリストとマリアのイコンを掲げて斬首されたと伝えられる。遺体は改めて秘蹟を受けたうえで、絹の布で包まれ、カトリックの様式で葬られた。教皇クレメンス8世はその死を惜しんだという。
 領地は肥後の宇土である。宇土城は「水城」として有名であり、水軍を率いていた行長にはぴったりである。肥後は加藤清正(熊本)と半国ずつ分け合っており、お互いライバルとして朝鮮出兵などでも競い合っている。遠藤周作は「宿敵」というタイトルで、行長と清正を描いている。当該図書と合わせて読んでみてほしい。
 以前、行長は三成と共に「愚将」であると評価されてきた。しかし、近年、新しい資料の発見などもあり、再評価されている武将である。戦での指揮能力も劣っているわけではないが、行長のもっとも評価すべきところはその交渉能力であろう。薬商人であった時代から交渉術には長けていたと思われる。ただ、行長の交渉は、自身だけが得をするというのではなく、相手のことも考えたうえでの交渉であることが多い。そのうえで、自身に最大の利益を導くのである。
 また、ハンセン病患者の介護施設を作ったり、領内に寺子屋のような学習施設を充実させたことでも有名である。さらに、同じキリシタン大名である高山右近を保護したりするなど懐の深いところを見せている。そうした点からも評価されるべき人物である。
 清正や福島政則などからは「薬屋の小倅」と馬鹿にされていた。しかし、その出自を誇るかのように旗印に薬袋を使っていた時期もある。以前、書評で取り上げた大谷吉継とも交流が深く、お互い信頼していた様子が窺われる。関ヶ原でも、石田勢、大谷勢、宇喜多勢と共に奮戦し、家康を追い詰めている。
 副題は「後悔しない生き方」である。皆もこの物語を読んで、後悔しない生き方について考えてほしい。


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